大判例

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大分地方裁判所 昭和22年(ワ)102号 判決 1948年6月11日

原告

福田藤二

被告

大分縣知事

主文

被告が原告及訴外秋田〓間の大分縣東國東郡旭日村大字治郞丸字竹下七百九十二番地田一反歩の賃貸借に付昭和二十二年六月二十日爲した内五畝歩に對する解約不許可決定は之を取消す。

原告其の餘の請求は之を却下する。

訴訟費用は被告の負擔とする。

請求の趣旨

原告(貸主)と訴外秋田〓(借主)との間の大分縣東國東郡旭日村大字治郞丸字竹下七百九十二番地田一反歩の賃貸借契約を解約することに付て原告から被告に申出でた許可申請に對して被告が昭和二十二年六月二十日爲した決定の内五畝歩に付ての不許可の部分は之を取消す右申請は全部之を許可する訴訟費用は被告の負擔とする。

事實

原告訴訟代理人は請求原因として原告は當六十歳であるが國東農學校農業科並日田農林學校養蠶科を夫々卒業し約半年香川縣三豊郡農事試驗場技手を勤め大正二年三月入夫婚姻によつて農業を家業とする福田家に入り農業に從事し同年五月大分銀行國東支店に勤務することとなつたが其の傍耕作に從事すること二十年昭和八年四月に到つて同銀行大分本店に轉勤した爲一時農業經營は不能となつたが昭和十八年九月右銀行を退いて現住所で五十九歳の妻と共に牛一頭を飼育し農具を整備して所有田七反五畝二十歩畑三畝六歩の内田二反二畝歩畑一畝六歩を耕作しているが本件土地は大正八年八月から訴外秋田〓に小作料は米一石一斗とし期限を定めず賃貸し今日に及んでいるところが終戰後滿州國に居住していた原告の婿養子(當三十九歳)長女(當三十四歳)及其の子女四人の歸國が豫想され耕作地を增加する必要を生じたので原告は昭和二十一年六月中前記秋田〓に向つて同人に賃貸中の本件田一反歩に對する賃貸借解約の申出をしたそれから間もなく原告の婿養子等は無事歸國し原告と同棲することになつたので同年十一月一日居村の旭日村農地委員會に右農地の賃貸借解約の許可申請書を提出した秋田〓は當六十四歳であつて田六反二畝二歩(内八畝六歩は不耕作地)畑六畝二十六歩を所有して居り其の内五畝十五歩は他に小作させているが其の餘の土地は六十二歳の妻と共に牛一頭を使用して本件の田一反歩と併せて耕作している、原告と秋田〓との農業經營の状態は前述の如くであるから原告の解約の申出は農地調整法第九條第一項但書同法施行令第十一條により全部許可されなければならない筋合である、言い換へればこれが爲秋田〓の生活に何等の脅威を與へるものでもなく又生産を阻害する虞もないので旭日村農地委員會は昭和二十二年五月六日審議の結果原告の解約の申出は許可すべきものであるとの意見を付して之を知事に送致したにも拘らず大分縣知事は佐原事務官をして調査せしめた上同年六月二十日一反歩の内五畝歩の解約申入のみを許可する旨の決定を爲し同月二十五日其の旨を原告に通知して來た之等は正に財産權は公共の福祉の爲に存しこれが利用は常に公共の福祉のために爲すべきであることを忘れた違法、違憲の處置であるから之が取消を求むるものであると謂うのであつて被告の答辯に對する主張として原告が本件農地の賃貸借の解約を求めたのは被告主張のように飯米確保の目的ではなく昭和十八年九月大分合同銀行を退職して農業に復歸し專業農家となることを念願して前記のように耕作をし比隣の農家よりも多量の收穫を擧げつつあるもので專業農家としては其の耕地が不足である爲他の賃借人に對しても解約の許可を求めたが本件以外は小作人の生活に脅威を與うる虞があるとして村農地委員會の容るるところとならなかつたものである、又本件農地一反歩の返還を受けた場合原告の耕作面積は田三反二畝二歩畑一畝六歩となるがまだ居村の平均耕作面積四反歩には及ばない、之に反して秋田〓は右一反歩を原告に返還しても猶田四反八畝十七歩畑六畝二十六歩の耕作を爲し得るものであつて同人の生活を阻害するとは考へられない、從つて被告は本件農地一反歩全部の解約を許可するのが當然である、更に農地改革は農村の民主化を企圖したものであつて其の目的達成の爲には專業農家の確立が必要であつて原告及秋田〓の所有耕地は前述のように其の差が僅小であり原告は所謂「地主」ではないのであるから耕作反別を公平に認め雙方を專業農家として立行かしむるようにすることによつて初めて農村民主化を前進させることが出來るのであつて此の見地からしても本件農地一反歩全部の解約を許可するのが當然であると述べ立證として甲第一乃至第五號證第六號證の一乃至五第七第八號證の各一、二を提出し證人福田國作の證言並原告本人訊問の結果を援用し乙號各證の成立を認むると述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負擔とする趣旨の判決を求め答辯として大正八年八月原告と秋田〓との間に原告の主張する通りの本件の田一反歩の賃貸借が成立したこと、原告の學歴、職歴、入夫婚姻關係が原告の主張する通りなること秋田〓が六十二歳の妻と共に牛一頭を使用し本件の田一反歩を現に耕作していること原告が旭日村農地委員會に昭和二十二年五月六日其の主張する通りの意見具申をしたことその結果原告主張の如く大分縣知事が佐原事務官の調査報告に基き内五畝歩の解約許可並之が通知を爲したことは凡て之を認むるが其の他の原告の主張事實は之を認めない、被告は農村調整法第九條第一項但書後段及同法施行令第十一條の立法精神並農地改革推進に關する各種の通牒内訓に基き適法に處理したものである即ち賃貸人の自作を相當とする場合其の他正當事由があるかどうか賃貸人が自作を爲すのに必要な經營能力施設等を有するかどうか當該賃貸人の自作に因り當該農地の生産が增大するかどうか、賃貸借の解約に因り當該農地の賃借人の相當なる生活の維持が困難となることがないか等の諸點を審査した上原告(賃貸人)の自作を相當ならずと認めたのである就中原告が本件土地取上の理由とするところは原告の婿養子等六名が滿州から歸國した爲耕作地を增加する必要を生じたと謂う所謂飯米確保を目的とするものであると認められるから斯樣な理由では原告の申請は許すことは出來ないと認めたのである、被告の見る所では原告の耕作は單に銀行員としての片手間に從事するに過ぎないのであつて純然たる耕作農民ではない、又其の婿養子夫婦は全く農業の經驗を持たないし婿養子は現に農業に從事していない之に反し秋田〓は純然たる耕作農民で其の妻及養子も申分ない耕作力を持つて居り其の上本件農地は秋田〓の居住よりは極めて近く原告の居住よりは非常に遠方に在つて耕作の便宜は秋田に有利であるそして同人は之を三十年に亙つて耕作し土地の性状をもよく知つて居り多年に亙る經驗と土に對する愛情は一片の學歴を遙かにしのぎ此等の諸點を比較すれば秋田〓が耕作する場合が原告の耕作する場合より生産力が增大する又東國東郡は一戸平均の耕作面積四反餘りであつて土地の利用率は特に高度であるかかる特殊事情の下に於て秋田の耕作面積五反四畝五歩から本件の一反歩を返還することは同人の生活を阻害するものであつて秋田も本件土地引上げに關し居村農地委員會に異議の申立を爲している被告は以上の諸點を充分調査の上共の權限内で原告主張のような認定をしたものであるそれ故被告の行政處分には決して原告の謂うような缺點はない。

次に財産權は公共の福祉の爲に存するもので之に關する行政處分も必ず公共の福祉に反しないように爲すべきことは原告が主張する通りである然し其の財産權は所有權のみでなく小作人の耕作權も亦重要な財産權であつて農地調整法は第一條に於て耕作者の地位の安定を圖ることを目的とする旨規定してあり被告が之等農地改革に關する一聯の立法に於ける耕作權確立の方向を尊重して爲した本件行政處分は何等違法でも又違憲でもないと述べ立證として乙第一乃至第三號證を提出し證人秋田〓己、秋田〓、〓俊之の各證言を援用し甲號各證の成立を認め甲第八號證の一、二に對する證據抗辯として狹い箱庭式の土地の收穫を以てしては普通農業の收穫を豫知することは不可能であると述べた。

理由

本件農地一反歩が原告の所有であつて大正八年以來訴外秋田〓に小作させていたこと原告が昭和二十一年十一月一日旭日村農地委員會に農地調整法第九條第一項但書に該當するものとして右農地の賃貸借解約の許可申請を爲したこと並被告が右申請に對し同二十二年六月二十日一反歩の内五畝歩のみの解約を許可したことは當事者間に爭のないところであるそこで原告の右申請が果して全部許さるべきものであつたか否かと云ふ點について考へて見るに此の點に關する農地調整法第九條第一項同法施行令第十一條の解釋を綜合すると農地の賃貸人が賃貸借を解約するには賃貸人の自作を相當とするか又は其の他正當事由あることを必要とするそしてその相當性又は正當性は當該賃貸人が自作をする上に必要な丈の經營能力及施設等を有するかどうか又當該賃貸人の自作に因り當該農地の生産が增大するかどうか又賃貸借の解除解約又は更新の拒絶に因り當該農地の賃貸借の相當なる生活の維持が困難となることがないか否か等の諸般の事情を考慮して認定せなければならない。以上の諸點の中原告が自作に必要なる農耕施設を有することは被告の認むるところであり、經營能力並生産の點に付ては成立に爭のない甲第六號證の五並原告本人訊問の結果を照し合はせて見ると原告は現在其の妻及長女と共に田二反二畝歩畑一畝六歩を耕作して居り訴外秋田〓の樣に純然たる專業農民としての經歴はないが一面農學校卒業者であり銀行に勤務の傍ら多年農業に從事した經歴を持つて居り農耕についての全くの無經驗者ではないことが判るし成立に爭のない甲第八號證の一、二によると原告の昭和二十一、二年度の生産は比隣の耕作者に比較して著しい增收を得た事實を認めることが出來る、尤も被告の主張する樣に原告側と訴外秋田側との農業經營能力を比較すると秋田〓が所謂專業農家であり其の妻の外近時養子も外地より歸國して農業に從事し其の經營能力を阻害する子女もないのに反し原告は前述のように農耕の經驗に於て秋田に及ばない上に四人の子女を有するのであるから原告が秋田に及ばないと見ることは已むを得ないであらう然し賃貸人の經營能力が小作人に劣るからといつて自作を爲すに必要な經營能力がないと斷定することは出來ないのみならず原告は前述の如く比隣の耕作者より增收をあげている實情にあり今假に原告に更に五畝歩の耕作を許したとしても自作に必要なる經營能力を缺如するものとは認められないし耕作の便、不便と云つた樣なことは耕作意欲の旺盛な現在の實情からさして生産力に惡影響を及ぼすものとは考へられない恐らく本件農地の生産は增大するとも減少を來たすものとは認められない次に本件農地の解約により秋田〓の生活の維持が困難となりはしないかとの點に付ては原告及秋田〓が居住する旭日村の平均耕作反別は當事者雙方の主張する樣に四反餘りであつて假に原告が本件農地全部の返還を受けたとしても未だ右平均反別には達し得ないのに反し秋田〓の耕作反別は被告の主張する通りとしても本件土地を別にして猶四反四畝五歩畑六畝二十六歩であるから平均耕作反別を超過することになる其の上證人秋田〓の證言によると秋田の家族は僅か三名であるから本件農地全部を原告に返還したと假定しても之が爲秋田の生活の維持に困難を來すものとは認められない猶又被告は原告が本件農地の返還を求めるのは自家飯米を確保する目的の爲にするものであると主張するのであるが結果的に見れば原告に飯米確保の目的なしとは蓋し斷じ得ないであらうが然し原告は昭和十八年既に專業農家となることを志し現に農民としての生活を營んで居り單に飯米不足の爲に一時的に耕作に從事するものではない事は前段認定により窺い得ることであり世間に所謂飯米農家と之を同一視することは出來ない偶々結果から見て飯米を確保することになるからと云つて直ちに之を以て飯米農家と斷定することは當を得ない。

以上の認定に反する證人秋國〓己、秋田〓、〓俊之の各證言は之を採用しない其の他被告の舉げた證據の全部や辯論の全趣旨を斟酌して見ても原告が本件農地を自作することの正當事由を否定する何等の特殊事情も見出し得ない從つて全部の申請を許可せなければならないのに其の一部について不許可を決定した事は被告のした處分の違法と謂はねばならない從つて該不許可部分の取消を求むる原告の本訴請求は正當と認めて之を認容する尚原告が右取消部分に對し解約許可を求むる部分は司法權行使の範圍外に屬するものと認めるから之を却下する。

仍て訴訟費用の負擔に付民事訴訟法第八十九條第九十二條を適用して主文の通り判決する。

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